トテチテタ、トテチテタ⑥

福山市の外れにある就労継続支援B型事業所「トテチテタ」は、朝になるといつも少しだけ騒がしい。玄関の引き戸がガラガラと開くたび、利用者さんたちの声が重なり、コーヒーの香りと混ざって、なんとも言えない温かい空気が流れ込んでくる。第6話最終章です。

今日のチャレンジ

チラシ配りの午後
チラシ配りの午後

その日は、朝から空が澄んでいた。雲ひとつない青空が広がり、風はやわらかく、まるで「今日は特別な日ですよ」と言っているようだった。トテチテタの玄関を開けると、ユウタ、カズマ、マサトの三人が、すでに揃っていた。

「ミキさん、今日は」

ユウタが少し照れたように言った。

「ぼくたち、三人で行きたいです。ミキさんは、後ろから見ててください」

「え、私いらないの?」

「いらなくはないです!でも」

ユウタは胸を張った。

「ぼくたち、もう大丈夫です」

私は胸の奥がじんわり温かくなった。

「そっか。じゃあ、今日は見守り隊で行くね」

三人はうれしそうにうなずいた。

探検隊

商店街に出ると、ユウタがチラシを抱え、カズマが地図を広げ、マサトが折り紙のドラゴンをそっと風に当てた。

「今日は飛べます」

マサトが言った。

「風、ちょうどいいです」

ドラゴンはひらりと舞い、春の空に小さな影を落とした。

「じゃあ、行きます!」

ユウタが声を上げた。三人は、まるで冒険に出る子どもたちのように、軽い足取りで歩き始めた。

八百屋のおばちゃんが手を振る。

「今日も頑張っとるねえ!」

「はい!今日は最終ミッションです!」

ユウタが胸を張る。パン屋のおじさんが笑う。

「お、ドラゴン飛んどるなあ」

「今日は風がいいので」

マサトが真顔で答える。カズマは地図を見ながら、いつもの裏道へ三人を導いた。

「ここは風避けルートです。今日も完璧です」

町の人たちは、三人を見ると自然に笑顔になった。まるで、三人がこの町のちいさな名物になっているようだった。

私は少し離れたところから、三人の背中を見つめていた。ユウタは、チラシを丁寧に配りながら、時々、住民の人に話しかけている。カズマは、地図を見なくても道を覚えていて、迷うことなく三人を導いている。マサトは、折り紙のドラゴンを風に乗せながら、時々、落ちそうになるチラシをそっと押さえている。

(ああ、この子たち、ほんとに成長したな)

胸の奥が、じんわりと熱くなった。

最後の一軒に着いたとき、三人は顔を見合わせた。

「ここが最後です」

カズマが言う。

「じゃあ、ぼくが入れます!」

ユウタがチラシを取り出す。マサトはドラゴンをそっと空に放った。ドラゴンは、春の風に乗って、ゆっくりと舞い上がった。ユウタは深呼吸して、最後のチラシをポストに入れた。

「完了!」

三人は同時にガッツポーズをした。私は思わず拍手した。

「三人とも、すごいよ。今日のチラシ配り、完璧だった」

ユウタは照れくさそうに笑い、カズマは地図に完了の印をつけ、マサトはドラゴンを抱きしめた。

チラシ配りの午後

事業所に戻ると、三人はそれぞれの席に座り、静かに作業を始めた。私は事務所の窓から外を眺めた。春の風が、さっき飛んだ折り紙のドラゴンを、どこか遠くへ運んでいくように見えた。

(この子たちの未来も、きっとこんなふうに、どこかへ続いていくんだろうな)

そう思うと、胸の奥があたたかく満たされた。

夕方、三人が帰るとき、ユウタが振り返って言った。

「ミキさん、また明日も一緒に歩きましょうね!」

「うん。もちろん」

カズマは地図を抱えながら言った。

「明日は新ルートを考えてきます」

マサトは折り紙のドラゴンを差し出した。

「今日のドラゴンです。ミキさんに、あげます」

私は受け取りながら言った。

「ありがとう。大事にするね」

三人が帰っていく背中を見送りながら、私はそっとつぶやいた。

「いい一日だったな」

トテチテタの看板が、夕陽に照らされて、やさしく光っていた。

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