ティラノザウルス⑤

春の夕暮れ。学校帰りの陽斗と紗良は、並んで歩きながら、今日の出来事を話していた。「ねえ陽斗、今日の図工、楽しかったね」「うん。紗良の魚、すごくきれいだったよ」紗良は照れくさそうに笑った。「お母さんに見せたら、また喜ぶと思うなあ」その言葉に、陽斗はふと胸が温かくなる。

聴く力

ティラノザウルス
ティラノザウルス

紗良のお母さんは、いつも紗良の話を丁寧に聞いてくれる。その姿を、陽斗は何度か見たことがあった。紗良の家の夕飯は、いつも賑やかだ。テーブルの上には、恵里が作った料理が並び、部屋には玉ねぎとバターの甘い匂いが漂っている。

「お母さん、今日ね、図工で魚作ったの!」

紗良が言うと、恵里はすぐに手を止め、スマホをぱたんと裏返した。

「わあ、どんな魚?見せて」

紗良はランドセルから作品を取り出し、得意げに見せる。

「すごいじゃない。色の組み合わせがきれいねえ」

「うん!陽斗にも褒められたよ」

「そうなの?いい友達だね」

恵里は、紗良の言葉を一つひとつ拾い上げるように聞いた。紗良の声は、どんどん弾んでいく。この家では、話すことが楽しい。紗良の心は、いつもそんな風に満たされていた。一方その頃、陽斗の家では。

「ただいまー!」

陽斗が帰ると、美咲はすぐにスマホを裏返し、笑顔で迎えた。

「おかえり。今日、学校どうだった?」

陽斗は、嬉しそうに椅子に座った。

「聞いてほしいこと、いっぱいあるよ!」

美咲は、陽斗の目を見てうなずく。

「うん、聞かせて」

陽斗は、今日の出来事を次々と話し始めた。図工のこと、紗良の魚のこと、海斗の恐竜がまた足太くなったこと。美咲は、時々笑いながら、陽斗の言葉を全部受け止めた。

(ああ、話すって、こんなに楽しいんだ)

陽斗の胸の中は、ぽかぽかと温かかった。

翌日

翌日、休み時間。紗良が陽斗に言った。

「ねえ陽斗、昨日の話、お母さんにしたらね、陽斗くん、いい子ねって言ってたよ」

「えっ、ぼくのこと?」

「うん。ちゃんと話を聞いてくれる子は、話すのも上手になるんだよって」

陽斗は、少し照れながら笑った。

「紗良のお母さん、いつもちゃんと聞いてくれるよね」

「うん。陽斗のお母さんも、最近すごく聞いてくれるでしょ?」

「うん!昨日もね、ぼくの話、全部聞いてくれたよ」

二人は、なんだか誇らしげに笑い合った。その日の帰りの会。北村先生は、ふと二人の様子を見て思った。

(この子たちは、話すことが好きなんだな)

そして、心の中で静かに気づく。

(聞いてもらえる子は、話すことを恐れない。話すことを恐れない子は、他人の話も聞けるようになる。)

紗良も陽斗も、誰かに聞いてもらった経験が、心の土台になっているのだ。その夜、陽斗は布団に入ると、ふと思った。

(紗良のお母さんも、ぼくのお母さんも、話を聞くのが上手だな)

そして、胸の中でそっとつぶやいた。

(ぼくも、誰かの話をちゃんと聞ける人になりたいな)

その願いは、静かに、でも確かに、陽斗の心に根を下ろした。聞く力は、受け継がれていく。大人から子どもへ、そして子どもからまた誰かへ。陽斗と紗良の小さな世界は、今日もまた、優しい音で満たされていた。

ティラノザウルス⑥へ続く

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