ティラノザウルス②

北海道の端っこの町、風が吹けばすぐに海の匂いが届く小さな家に、小学三年生の陽斗(はると)と、母の美咲、そして父の大輔が暮らしていた。陽斗の家にスマホを裏返すルールができてから、一週間が経った。夕飯の時間になるとテーブルの上には必ず三つのスマホが伏せられている。まるで、ちょっと反省している小さな生き物たちが、しょんぼり並んでいるみたいだった。

ザンギの夜

ティラノザウルス
ティラノザウルス

その夜のメニューは、またしても陽斗の大好物・ザンギ。美咲は、揚げたてのザンギを皿に盛りながら、ちらりと陽斗を見た。

「今日も学校で何かあった?」

陽斗は、口いっぱいにザンギを頬張りながら、もごもごと笑った。

「あるよ。今日ね、図工で」

その瞬間、玄関のドアが勢いよく開いた。

「ただいまーっ!」

父の大輔が、スーツのまま飛び込んできた。手にはコンビニの袋。中身は、なぜか大きなプリンが三つ。

「見てくれ!今日は俺がデザート買ってきたぞ!」

大輔は得意げに胸を張ったが、次の瞬間、美咲が眉をひそめた。

「ちょっと大輔。今、陽斗が話してるところ」

「お、おう?」

大輔は、ようやく気づいたように、そっとスマホを取り出し、慌てて裏返した。しかし、裏返した先がザンギの皿の上だった。

「ちょっ!スマホがザンギまみれ!」

「うわっ、油が!」

家族三人が同時に叫び、テーブルの上は一瞬で大騒ぎになった。陽斗は、そんな父の慌てぶりを見て、声をあげて笑った。

「父さん、スマホもザンギ食べたいの?」

「食べるか!これは俺の相棒だぞ!」

大輔は慌ててスマホを拭きながら、照れくさそうに笑った。

気づき

その後、ようやく落ち着いて夕飯が再開された。

「で、陽斗。さっきの話、続き聞かせてくれよ」

大輔が言うと、陽斗は少し驚いたように目を丸くした。

「父さん、聞いてくれるの?」

「当たり前だろ。お前の話、俺は好きだぞ」

その言葉に、陽斗の顔がぱっと明るくなった。

「今日ね、図工で紙粘土の恐竜作ったんだよ!めっちゃかっこいいの!」

「おお、恐竜か!どんなやつだ?」

「ティラノサウルス!でも足が太くなりすぎて、ちょっとブタみたいになった!」

「それはそれで強そうだな!」

大輔は、陽斗の話に大げさなくらいリアクションを返した。陽斗は、笑いながら、今日あったことを次々と話し始めた。美咲は、その様子を見ながら、胸の奥がじんわり温かくなった。ああ、この子は、こんなに話したかったんだ。

そして、ふと気づく。陽斗の声は、前よりずっと大きく、ずっと楽しそうだった。陽斗が寝たあと、美咲は大輔に言った。

「ねえ、今日の陽斗、すごく楽しそうだったね」

「ああ。俺もびっくりしたよ。あんなに話すんだな」

「前はね、話しかけても、私がスマホ見てたから」

美咲が言いかけると、大輔はそっと肩に手を置いた。

「大丈夫だよ。これから聞けばいいんだろ。いくらでも聞けるさ」

その言葉は、まるでストーブの火みたいに、静かに部屋を温めた。

翌朝

翌朝、陽斗はランドセルを背負いながら、ふと振り返った。

「今日帰ったら、恐竜の写真見せるね!」

美咲も大輔も、同時に笑った。

「楽しみにしてるよ」

陽斗は、満足そうに玄関を飛び出していった。その背中は、前より少しだけ、胸を張っていた。子どもの自己肯定感は、特別な言葉じゃなくて、ただ「聞いてもらえた」という経験の積み重ねで育つ。そして陽斗の家では、今日もまた、三つのスマホがテーブルの上で静かに伏せられていた。

ティラノザウルス③へ続く

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