ティラノザウルス③

北海道の端っこの町、風が吹けばすぐに海の匂いが届く小さな家に、小学三年生の陽斗(はると)と、母の美咲、そして父の大輔が暮らしていた。冬が終わりかけたある夕方春の風が、教室のカーテンをふわりと揺らしていた。北村先生は、黒板にチョークで「今日のめあて」を書きながら、ちらりと教室の後ろを見た。そこにはいつもの席に座る陽斗がいた。

聞いてもらえる子

ティラノザウルス
ティラノザウルス

以前の陽斗は、授業中に当てられると、肩をすくめて「別に」「普通」と返すだけだった。けれど最近は、ほんの少しだけ、表情が柔らかくなっている。家で何かあったのかな。北村先生は、そんな予感を抱いていた。その日の図工は「紙粘土で好きな生き物を作ろう」という授業だった。教室中が、白い粘土の匂いで満たされている。

「はい、みんな。どんな生き物でもいいよ。想像の生き物でもね」

先生が声をかけると、子どもたちは一斉に粘土をこね始めた。陽斗は、机の上に粘土を置くと、じっと見つめた。そして、ふっと笑った。

「よし、今日はティラノサウルスだ」

隣の席の紗良が、興味津々で覗き込む。

「陽斗、恐竜好きなの?」

「うん。昨日ね、家で話したら、父さんがめっちゃ聞いてくれてさ。強そうだな!って」

陽斗の声は、以前よりずっと明るかった。紗良は嬉しそうに笑った。

「いいなあ。うちも昨日、お母さんに話したらね、ちゃんと聞いてくれたよ」

二人は、まるで秘密を共有するみたいに、にこにこしながら粘土をこねた。しばらくして、北村先生が教室を回り始めた。

「お、これは陽斗くん、恐竜かな?」

陽斗は、少し照れながらも、はっきりと答えた。

「ティラノサウルスです。でも足が太くなっちゃってちょっとブタみたいで」

先生は思わず吹き出した。

「ははは!でもいいじゃないか。強そうで、かわいらしいティラノサウルスだね」

陽斗は、嬉しそうに目を細めた。

(あれ?)

北村先生は、心の中で驚いていた。陽斗が、自分から説明している。以前なら、質問しても、別にと言って終わっていたのに。陽斗の声は、教室のざわめきの中でも、しっかりと届いていた。

休み時間

昼休み、陽斗はランドセルから小さな写真を取り出した。昨夜、美咲が撮ってくれた、紙粘土ティラノサウルス(ブタ足)の写真だ。

「ねえ、紗良。これ見て」

「わあ!本当に足が太い!かわいい!」

二人が笑っていると、クラスの男子たちが集まってきた。

「なにそれ?恐竜?」

「陽斗が作ったの?すげーじゃん!」

「今度、俺にも作り方教えてよ!」

陽斗は、少し照れながらも、胸を張って言った。

「いいよ。家でも練習したから、たぶん上手くできると思う」

その瞬間、陽斗の顔は、まるで春の光を浴びたみたいに明るかった。放課後、北村先生は職員室で、ふとつぶやいた。

「陽斗くん、変わったなあ」

同僚の先生が首をかしげる。

「どうしたんです?」

「いやね、前は全然話さなかった子が、今日は自分から説明してくれて。表情も柔らかくてね」

北村先生は、陽斗の笑顔を思い出しながら、ゆっくり言葉を続けた。

「きっと、家で話を聞いてもらえてるんだろうな。子どもって、聞いてもらえると、こんなに変わるんだなあ」

その声には、教師としての喜びがにじんでいた。その日の帰り道、陽斗はランドセルを揺らしながら歩いていた。空は青く、風は少し冷たい。でも、陽斗の胸の中は、ぽかぽかと温かかった。

「今日も、家で話そう」

そう思うだけで、足取りが軽くなる。家の玄関を開けると、美咲が笑顔で迎えた。

「おかえり。今日、学校どうだった?」

陽斗は、にっこり笑った。

「聞いてほしいこと、いっぱいあるよ!」

その声はもう、別に、でも、普通、でもなかった。聞いてもらえる子は、話したくなる。話したくなる子は、世界が広がる。陽斗の世界は、今日もまた、少しだけ広くなった。

ティラノザウルス④へ続く

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