ティラノザウルス⑦
陽斗と紗良は、小学校から中学まで、同じ道を歩いたり、時々違うクラスになって寂しがったりしながら、それでもずっと隣にいるのが当たり前の存在だった。紗良は魚の絵を描くのが得意で、陽斗は相変わらずティラノサウルスの足を太く作っては笑われていた。
春の風が吹いた日
ふたりは、何度も喧嘩し、何度も仲直りし、気づけば、言葉にしなくても気持ちが通じるようになっていた。しかし、高校進学の春。ふたりは別々の学校へ進むことになった。
「また、会えるよね」
「うん、もちろん」
そう言い合いたかったけれど、いえなかった。新しい環境、新しい友達、新しい生活が、ふたりの距離を少しずつ遠ざけていった。気づけば、連絡は月に一度、やがて季節の挨拶だけになり、そして途切れた。
大人になった
高校を卒業した陽斗は、地元の会社に就職した。小さな町工場だったが、人の温かさがあって、陽斗はその空気が好きだった。仕事帰りに海沿いの道を歩くと、ふと、紗良と帰った小学生の頃の景色がよみがえる。
(元気にしてるかな)
そう思う日もあったが、連絡を取る勇気は、なぜか出なかった。そのまま、五年が過ぎた。
再開
ある春の日。陽斗は、商店街の古いパン屋の前で足を止めた。店の前に、見覚えのある後ろ姿があった。肩まで伸びた髪。少し猫背で、パンの袋を大事そうに抱えている。
「紗良?」
その名を呼ぶと、彼女はゆっくり振り返った。目が合った瞬間、時間が巻き戻ったように、胸が熱くなった。
「陽斗?」
紗良は、驚いたように目を丸くし、次の瞬間、懐かしい笑顔を見せた。
「帰ってきたの?」
「うん。仕事、こっちに戻ってきたんだ」
紗良は、パンの袋を抱えたまま、少し照れたように笑った。
「私も。五年ぶりに」
春の風が、ふたりの間をそっと通り抜けた。再会したその日から、ふたりは自然と連絡を取り合うようになった。紗良は、地元の保育園で働き始めていた。子どもたちの話をするときの紗良の目は、昔と同じようにきらきらしていた。
「子どもってね、話を聞いてもらえると、すごく変わるんだよ」
「わかるよ。俺も、昔そうだったから」
陽斗がそう言うと、紗良はふっと笑った。
「陽斗、昔から聞くの上手だったもんね。ティラノサウルス委員長だったし」
「それ、まだ言う?」
ふたりは、あの頃と同じように笑い合った。気づけば、週に一度会うようになり、やがて、陽斗の心にひとつの思いが芽生えた。紗良といると、世界がやさしくなる。
告白
夏の終わり、海沿いの道。夕日が海を金色に染めていた。
「紗良」
陽斗は、少し震える声で言った。
「また、一緒に歩いていきたい。昔みたいにじゃなくて、今の俺たちで」
紗良は、驚いたように目を見開き、そして、ゆっくりとうなずいた。
「私もそう思ってたよ」
その瞬間、海風がふたりの間をそっと結びつけた。それから二年後。春の桜が満開の日。陽斗と紗良は、小さな教会で結婚式を挙げた。陽斗は、紗良の手を握りながら、小学生の頃のことを思い出していた。ティラノサウルスの足を太く作って笑われた日。紗良の魚の絵を褒めた日。ふたりでクラスのトラブルを仲裁した日。
あの日々が、すべて今日につながっていた。紗良は、涙を浮かべながら言った。
「陽斗といるとね、ずっと安心するの。昔も、今も、これからも」
陽斗は、紗良の手をぎゅっと握り返した。
「俺もだよ。紗良の話を聞くのが、ずっと好きだった」
ふたりは笑い合い、教会の鐘が高く響いた。
あのころ
結婚式のあと、ふたりは海沿いの道を歩いた。夕日が、あの頃と同じように海を照らしている。
「ねえ、陽斗」
「ん?」
「これからも、いっぱい話してね」
「もちろん。紗良もね」
ふたりは、手をつないで歩き出した。聞く力が、ふたりをつなぎ、話す力が、ふたりを育て、そして、歩む力が、ふたりの未来をつくっていく。陽斗と紗良の物語は、今日からまた、新しい章へと進んでいった。

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