トテチテタ、トテチテタ④

福山市の外れにある就労継続支援B型事業所「トテチテタ」は、朝になるといつも少しだけ騒がしい。玄関の引き戸がガラガラと開くたび、利用者さんたちの声が重なり、コーヒーの香りと混ざって、なんとも言えない温かい空気が流れ込んでくる。トテチテタ、トテチテタ③から続く第4話です。

ホチキス

ホチキス、見つけたよ!
ホチキス、見つけたよ!

昼下がりのトテチテタは、いつもより少しだけのんびりしていた。午前中のチラシ配りを終え、利用者さんたちはそれぞれの作業に戻っている。私は事務所で、次のチラシ配りの準備をしていた。

机の上には、印刷したばかりのチラシの束。その横には、ホチキスと替え芯。

(さて、これを綴じて…)

そう思って手を伸ばした瞬間、私は固まった。

「ホチキスがない」

さっきまで机の上にあったはずのホチキスが、すっと消えていた。

「ミキさん、どうしました?」

ユウタが顔を出した。

「ホチキスがいなくなった」

「いなくなった?」

「うん。さっきまでここにいたのに」

ユウタは真剣な顔で机の下をのぞき込み、次に棚の上、コピー機の裏、果ては観葉植物の鉢の中まで探し始めた。

「いませんね」

「ホチキスが歩いて逃げたのかな」

私は冗談を言ったつもりだったが、ユウタは真顔でうなずいた。

「可能性はゼロじゃないです」

三角地帯

そこへ、カズマが地図を片手にやってきた。

「ミキさん、ホチキスが消えたんですか?」

「うん。どこにも見当たらなくて」

カズマは地図を広げた。

「ここはホチキス消失エリアです」

「そんなエリア、地図にあったっけ?」

「あります。ぼくの地図には」

カズマは真剣だ。私は笑いをこらえながら、彼の指す場所を見た。そこには、カズマが勝手に描き足した謎のゾーンがあった。事務所の隅に、なぜか魔の三角地帯と書かれている。

「ここに落ちた物は、よく消えます」

「それ、ただの棚の裏じゃない?」

「そうとも言います」

そこへ、折り紙の袋を抱えたマサトがやってきた。

「ミキさん、これ」

マサトが差し出したのは、折り紙で作られたホチキスだった。

「え、これホチキス?」

「はい。ホチキスがないと聞いたので、作りました」

私は思わず笑ってしまった。

「ありがとう。でも、これじゃ綴じられないよね」

「綴じられません。でも、気持ちは綴じられます」

マサトは真顔だ。私は笑いながら、折り紙ホチキスを受け取った。そのとき。

「ミキさん、ありました!」

ユウタが叫んだ。

「どこに?」

「ここです!」

チラシの山

ユウタが指さしたのは、コピー機の上に置かれた、チラシの山の下だった。

「ミキさんがさっき置いたんですよ」

「あ、そうだったかも」

私は頭をかいた。

「ホチキス、逃げてませんでしたね」

「はい。ミキさんが隠してただけです」

「隠してたわけじゃないよ」

ユウタとカズマは顔を見合わせ、なぜか同時にうなずいた。

「ミキさん、今日はホチキス事件ですね」

「地図に記録しておきます」

マサトは折り紙ホチキスを見つめながら言った。

「本物が見つかったので、これは飾っておきます」

私は笑いながら言った。

「うん。今日の記念に飾ろう」

午後の作業が始まると、事務所には静かな時間が流れた。ユウタはチラシを数え、カズマは地図を描き足し、マサトは折り紙のドラゴンを増やしている。私は机の上に置かれた折り紙ホチキスを見つめた。

(こういう日が、私は好きだ)

何か大きなことが起きるわけじゃない。でも、小さな事件があって、みんなで笑って、気づけば一日が終わっている。そんな日々が、トテチテタにはよく似合っていた。

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