トテチテタ、トテチテタ③

福山市の外れにある就労継続支援B型事業所「トテチテタ」は、朝になるといつも少しだけ騒がしい。玄関の引き戸がガラガラと開くたび、利用者さんたちの声が重なり、コーヒーの香りと混ざって、なんとも言えない温かい空気が流れ込んでくる。第3話です。

チラシの束

駄菓子屋の思い出
駄菓子屋の思い出

その日のトテチテタは、いつもより少しだけざわついていた。理由は簡単。新しいチラシのデザインが届いたのだ。

「ミキさん、このチラシ、なんか豪華ですね」

ユウタが目を輝かせる。

「ほんとだ。色が増えてる」

カズマも地図を片手に覗き込む。チラシには、事業所の名前トテチテタが大きく描かれ、その下に、利用者さんたちの笑顔のイラストが並んでいた。

「これ、マサトが描いたんだよ」

私は言った。マサトは照れくさそうに、折り紙の袋をぎゅっと握った。

「ちょっとだけです」

「ちょっとじゃないよ。すごくいいよ」

そんなやり取りをしているうちに、今日のチラシ配りのメンバーが決まった。ユウタ、カズマ、そしてマサト。いつもの三人だ。

商店街に出てすぐ、カズマが地図を広げた。

「今日は北ルートです。風が強いので、チラシが飛ばないように気をつけてください」

「了解です、隊長」

ユウタが敬礼する。その横で、マサトは折り紙のドラゴンをそっとポケットにしまった。

「今日は飛ばないほうがいいです。風が強すぎます」

そんな会話をしながら歩いていると、突然、ユウタが叫んだ。

「ミキさん!チラシがない!」

「え?」

ユウタの手にあったはずのチラシの束が、跡形もなく消えていた。

「さっきまであったのに!」

ユウタは慌ててポケットを探し、バッグをひっくり返し、靴の中まで確認した。

「靴の中には入らないでしょ」

私は笑いながら言った。

「でも、ほんとにないんです!」

風の谷

そのとき、カズマが地図を見ながら言った。

「ミキさん、ここは風の谷です」

「風の谷?」

「はい。風が強くて、物がよく飛ぶ場所です。チラシも飛んだ可能性があります」

私は思わず空を見上げた。確かに、風が強い。春の風が、商店街の旗をばたばた揺らしている。

「じゃあ、探そうか」

三人はうなずき、チラシ捜索隊が結成された。

チラシを探しながら歩いていると、ふと、懐かしい匂いがした。駄菓子屋の匂いだ。私は足を止めた。店の前には、色あせたのれん。ガラスケースには、10円のラムネ菓子や、30円のチョコスナックが並んでいる。

「ミキさん、どうしたんですか?」

ユウタが首をかしげる。

「ううん。ちょっと懐かしくて」

私は店の前に立ちながら、子どもの頃の自分を思い出していた。100円玉を握りしめて、80円のお菓子を買うか、60円のにして20円のラムネを足すか、何度も何度も悩んだ。あの時間が、私は大好きだった。

「ミキさん、これ」

マサトが指さした。駄菓子屋の入り口に、トテチテタのチラシが一枚、ぺたりと貼られていた。

「これユウタのチラシじゃない?」

「ぼく、貼ってないです!」

駄菓子屋のおばあちゃんが出てきた。

「ああ、それね。風で飛んできたんよ。せっかくだから貼っといた」

ユウタは目を丸くした。

「ぼくのチラシ。風に乗って宣伝してくれたんだ!」

「そういうことになるね」

私は笑った。

駄菓子屋

事業所に戻る途中、ユウタが言った。

「ミキさん、ぼく駄菓子屋好きだったんですよ。100円でどれ買うか、めっちゃ悩んでました」

「うん、知ってるよ」

「今日、久しぶりに思い出しました。なんか、あの頃のぼくに会ったみたいで」

私は胸が温かくなった。

「私もだよ」

カズマが地図を見ながら言った。

「ミキさん、今日のルート思い出ルートでしたね」

「そうだね。いいルートだった」

マサトは折り紙のドラゴンを取り出し、そっと風に当てた。

「今日は飛ばないけど、また風が優しい日に飛びます」

春の風が、三人の笑い声をやさしく包んだ。

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