トテチテタ、トテチテタ②
福山市の外れにある就労継続支援B型事業所「トテチテタ」は、朝になるといつも少しだけ騒がしい。玄関の引き戸がガラガラと開くたび、利用者さんたちの声が重なり、コーヒーの香りと混ざって、なんとも言えない温かい空気が流れ込んでくる。トテチテタ①からの続きの第2話です。
地図帳
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| 地図を頼りに歩く |
トテチテタの朝は、いつも誰かの声で始まる。その日の最初の声は、事務所の奥から聞こえてきた。
「ミキさーん!今日のルート、ぼくが決めていいですか!」
声の主はカズマ。二十代前半で、地図が大好きな利用者さんだ。地図帳を開くと、まるで宝物を見つけた子どものように目が輝く。
「いいよ。でも、昨日みたいに最短ルートを追い求めすぎて、細い路地に迷い込まないようにね」
「今日は大丈夫です!完璧です!」
カズマは胸を張り、手作りの地図を広げた。コピー用紙に色鉛筆で描かれたその地図は、実際の町よりも少しだけ道が多く、そして少しだけ夢が混ざっている。
出発前、もう一人の利用者マサトが、折り紙を持って近づいてきた。
「ミキさん、見てください。ドラゴンできました」
ドラゴン
マサトは寡黙だが、折り紙を折るときだけは別人のように集中する。今日のドラゴンは、翼が左右で微妙に違っていて、それがまた味になっていた。
「すごいね。今日のドラゴン、ちょっと強そう」
「強いです。今日は風が強いので、飛べます」
マサトは真顔で言った。私は笑いをこらえきれず、肩を震わせた。
「じゃあ、チラシ配りの守り神だね」
「はい。カズマさんの地図を守ります」
カズマは照れくさそうに笑った。
商店街に出ると、パン屋の前で焼きたての香りが漂ってきた。カズマは地図を見ながら、慎重に歩く。
「ここを右に行くと、昨日は行き止まりでした。でも今日は左です。完璧です」
「うん、今日は順調だね」
カズマは得意げにうなずき、ポストへチラシを入れた。その横で、マサトが折り紙のドラゴンを風に乗せて遊ばせている。
「マサト、飛んでるね」
「はい。今日は風がいいです」
ドラゴンは、ひらひらと揺れながら、まるで町を見守るように舞っていた。しばらく歩いたところで、カズマが立ち止まった。
「ミキさん、ここでチラシを配るとあと何軒残りますか?」
「えっと」
私はチラシの束を数えようとしたが、カズマはすでに答えを出していた。
「あと22軒です。この通りが12軒で、次の通りが10軒なので」
「すごいね。地図、全部覚えてるの?」
「覚えてるというかなんか、見えるんです。頭の中に、道がこう」
カズマは空中に指で線を描いた。その線は、彼の中ではきっと本当に道なのだろう。私はその姿を見ながら思った。この子の得意は、机の上じゃ育たなかっただろうな。地図を眺めて、道を歩いて、自分の足で確かめてきたからこそ育った力だ。
でも、それを言葉にする必要はない。ただ、カズマの横顔がすべてを語っていた。
そのとき、マサトの声が響いた。
「ミキさん!ドラゴンが!」
八百屋の屋根
見ると、折り紙のドラゴンが風に乗って、八百屋の屋根の上にひらりと落ちてしまった。
「うわ、あそこか」
カズマが地図を見ながら言った。
「ミキさん、ここはドラゴン救出ルートがあります」
「そんなルート、地図にあったっけ?」
「あります。裏道です」
カズマは自信満々に裏道へ案内した。細い路地を抜けると、八百屋の裏手に出た。そこには、ちょうど脚立を片付けていた八百屋のおじさんがいた。
「おじさん、ドラゴンが屋根に」
「ああ、これか。さっき落ちてきたやつだな」
おじさんは笑いながらドラゴンを渡してくれた。マサトは胸に抱きしめ、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。このドラゴンは、今日の風に必要なんです」
「そうかい。じゃあ大事にしな」
おじさんは笑って、また店に戻っていった。
事業所に戻る途中、カズマがぽつりと言った。
「ぼく、地図が好きでよかったです」
「うん。今日も助かったよ」
「ドラゴン救出ルート、完璧でした」
マサトが真顔でうなずく。
「ドラゴンも喜んでいます」
私は思わず吹き出した。
「二人とも、今日はいいチームだったね」
春の風が、三人の笑い声を運んでいった。

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