トテチテタ、トテチテタ⑤
福山市の外れにある就労継続支援B型事業所「トテチテタ」は、朝になるといつも少しだけ騒がしい。玄関の引き戸がガラガラと開くたび、利用者さんたちの声が重なり、コーヒーの香りと混ざって、なんとも言えない温かい空気が流れ込んでくる。第5話です。
風の強い日
![]() |
| 風の強い日 |
その日は朝から風が強かった。トテチテタの玄関を開けると、春の風が勢いよく吹き込み、掲示板のチラシが一枚、ひらりと床に落ちた。
「今日は飛びますね」
マサトが折り紙の袋を抱えながらつぶやいた。
「飛ぶのはドラゴンだけにしてほしいけどね」
私は笑った。ユウタは、風に揺れる髪を押さえながら言った。
「ミキさん、今日のチラシ配り、ぼくがリーダーやります!」
「お、頼もしいね」
「風に負けない方法、考えてきました!」
ユウタは胸を張った。その横で、カズマが地図を広げる。
「今日は風避けルートを使います。建物が多いので、風が弱いです」
「さすがカズマ。じゃあ、三人で行こうか」
裏道
商店街の裏道は、建物が密集していて、確かに風が弱かった。カズマは地図を見ながら、慎重に歩く。
「ここを右に行くと、風が強くなります。今日は左です」
「了解です、隊長!」
ユウタが敬礼する。マサトは折り紙のドラゴンをポケットにしまい、風の様子をじっと観察していた。
「今日は飛ばせません。風が荒れています」
そんな会話をしながら歩いていると、突然、ユウタが立ち止まった。
「ミキさん大変です」
「どうしたの?」
「ポストがなくなってます!」
見ると、いつもチラシを入れている古いアパートのポストが、工事のために取り外されていた。
「ほんとだ。工事中だね」
ユウタはチラシを握りしめ、真剣な顔になった。
「どうしましょう配れません」
「今日はここはスキップでいいよ」
「いや、でも」
ユウタはアパートの入り口を見つめ、何かを考えているようだった。
乗り越えた!
そのとき、アパートの奥から工事のお兄さんが出てきた。
「すみませーん、ここ工事中なんで」
ユウタがすかさず前に出た。
「あの!ぼくたち、チラシ配りに来たんです!
でもポストがなくてどうしたらいいですか!」
お兄さんは驚いたように目を丸くした。
「え、ああ、チラシ?ああ、これか」
お兄さんは、足元の段ボール箱を指さした。
「住民の人に渡す郵便物、全部ここに入れてるんだ。もしよかったら、その箱に入れてくれたら、あとで渡しとくよ」
「いいんですか!」
「もちろん」
ユウタはぱっと笑顔になり、チラシを丁寧に箱へ入れた。
「ありがとうございます!
ぼく、今日のリーダーなんです!」
「おお、頼もしいなあ」
お兄さんは笑いながら、ユウタの頭を軽くなでた。その横で、カズマが地図にメモを書き込んでいた。
「ここは工事中ルートとして記録します」
マサトは折り紙のドラゴンを取り出し、お兄さんにそっと差し出した。
「これ、お礼です」
「え、いいの?ありがとう!」
お兄さんは嬉しそうにドラゴンを受け取った。
リーダー
事業所へ戻る途中、ユウタが言った。
「ミキさん、ぼくちゃんとリーダーできましたか?」
「うん。すごくよかったよ。あのお兄さんとのやり取り、完璧だった」
「ほんとですか!」
「うん。あれは交渉っていうんだよ」
「交渉!」
ユウタは胸を張った。
「ぼく、交渉できるんだ!」
「できるよ。今日、見せてもらったからね」
カズマが地図を見ながら言った。
「ユウタさん、今日の交渉、地図に記録しておきます」
「地図に!?」
「はい。ユウタ交渉ポイントとして」
マサトは折り紙の袋を抱えながら言った。
「ドラゴンも喜んでいます」
私は笑いながら三人を見た。この子たち、ほんとにいいチームだな。春の風が、少しだけ優しくなった気がした。
.png)
コメント
コメントを投稿