墓掃除①
岐阜の朝は、空気が澄んでいる。山の向こうから太陽が顔を出すと、墓地の石塔が一斉に金色に光り始める。私はルミ、四十三歳。エアロビクスインストラクターを二十年続けたあと、なぜか今は墓掃除で起業した。
エアロビ・スタジオ
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| 墓掃除 |
理由を聞かれると、みんな笑う。
「え、エアロビから墓掃除?どういう転職?」
でも私にとっては、どちらも同じだった。人の身体と心を軽くする仕事。ただ、今は相手が生きている人から生きていた人に変わっただけ。今日も、東京や大阪、名古屋、福岡から依頼が届いている。
「岐阜の実家のお墓を掃除してほしい」という声は、年々増えていた。料金は1万5千円。最初は不安だったけれど、少しずつリピーターが増えてきた。ありがたいことだ。墓地の入り口で、大学生のアルバイト・カイトが待っていた。黒縁メガネに、少し猫背。でも、掃除のときだけは背筋が伸びる。
「ルミさん、おはようございます!」
「おはよう。今日もよろしくね」
カイトは真面目で、丁寧で、そしてルールを守ることに関しては、私よりずっと厳しい。
「今日は、墓石の裏側の苔が多いので、ブラシは柔らかい方を使いますよね?」
「そうそう。よく覚えてるね」
「だって、傷つけたらいけないですから」
その言い方が、なんだか誇らしげで、私は思わず笑ってしまった。そこへ、もう一人のアルバイト・ユウトがやってきた。金髪に近い茶髪で、いつも少し眠そうな目をしている。
「おはよーっす。今日、暑いっすね」
「ユウト、帽子は?」
「あ、忘れました」
「ダメだよ。熱中症になるから」
「えー、でも大丈夫っすよ」
ユウトは悪気がない。でも、ルールを守るのが苦手だ。カイトが小声で言った。
「ユウトくん、帽子はかぶれって言われてるんじゃなくて、守るために必要なんだよ」
「え、そうなん?」
「そうだよ。墓地って日陰少ないし、倒れたらルミさんが困るでしょ」
ユウトはぽかんとした顔をしたあと、少し照れたように笑った。
「そっか。じゃあ、コンビニで買ってきます」
私はそのやり取りを見ながら、胸の奥がじんわり温かくなった。ルールって、叱られて守るものじゃないんだよな。カイトの言い方は、まるで理由を一緒に考える兄みたいだった。三人で墓地に入ると、空気が一気に変わる。鳥の声、風の音、そして、遠くで川が流れる音。私はいつも、この静けさが好きだった。
「ルミさん、ここ、落ち葉多いですね」
カイトが言う。
「うん。昨日の風で飛んできたんだろうね」
「じゃあ、僕、先に掃きます」
カイトはすぐに動く。理由が分かっているから、迷わない。一方、ユウトはというと
「ルミさん、これってどこまで掃除するんすか?」
「この区画全部だよ」
「え、全部!?広くないっすか?」
「広いよ。でも、依頼主さんが遠くに住んでるからね。その分、私たちが丁寧にやるんだよ」
ユウトはしばらく黙っていたが、やがて、ほうきを持ち直した。
「なるほどっす。じゃあ、やります」
その言い方が、なんだか可愛くて、私は思わず笑ってしまった。掃除をしながら、私はふと思った。ルールを守れる子って、叱られてきた子じゃないんだよな。エアロビのインストラクター時代、「なんでこの動きが必要なんですか?」と聞いてくる人ほど、理由を理解したら誰よりも守った。
逆に、何も聞かずに従っているように見える人ほど、ひとの目がないところでサボった。カイトとユウトを見ていると、その光景が重なった。理由を知っている子は、強い。私は、墓石の水を拭きながら、静かにそう思った。掃除が終わる頃、スマホが鳴った。
「ルミさん、いつもありがとうね。写真、見たよ。すごく綺麗になってた」
東京に住む依頼主の女性だった。
「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございます」
「またお願いね。来月も頼むわ」
電話を切ると、カイトが嬉しそうに言った。
「ルミさん、リピーター増えてますね」
「うん。ありがたいね」
ユウトが汗を拭きながら言った。
「ルミさん、俺もちゃんとやれてます?」
「うん。今日はすごくよかったよ」
ユウトは照れくさそうに笑った。その笑顔を見て、私は胸の奥がじんわり温かくなった。この仕事、始めてよかったな。そう思った。
軍手
翌朝の墓地は、昨日より少し湿っていた。夜のうちに降った雨が、石塔の表面に薄い膜をつくり、朝日を受けてきらきらと光っている。私は車の後ろで道具を並べながら、今日のアルバイト二人を待っていた。先にやってきたのはカイトだった。
「ルミさん、おはようございます。今日は滑りやすいので、ブラシは柔らかい方がいいですね」
「そうだね。よく気づいたね」
カイトは、墓石の状態を見て判断するのが早い。理由を理解しているから、迷いがない。そこへ、ユウトが走ってきた。
「おはよーっす!遅れてすみません!」
「大丈夫。あれ?軍手は?」
「え、軍手?あ忘れました」
私は思わずため息をついた。
「ユウト、昨日も帽子忘れたよね」
「いや、今日は帽子はあります!」
「軍手がないと、手が荒れるよ。それに、墓石に指紋がつくと拭き直しになるから」
ユウトは「あー」と頭をかいた。
「すみません。コンビニ行ってきます」
「うん、お願いね」
ユウトが走り去る背中を見ながら、私はふと、エアロビ時代のことを思い出していた。まだ二十代だった頃、私はスポーツクラブのスタジオで、毎日汗だくになりながらレッスンをしていた。その中に、必ず一人はいた。
「先生、なんでこの動き必要なんですか?」
理由を聞いてくる利用者。最初は少し面倒だと思っていた。でも、理由を説明すると、その人は誰よりも丁寧に動きを守った。一方で、何も聞かずに従っているように見える人ほど、ひとの目がないところでサボった。理由を知っている人は、強い。そのことを、私は何度も何度も見てきた。
そして今、目の前にいるカイトとユウトを見ていると、その光景が重なった。ユウトが軍手を買って戻ってきた頃、三人で掃除を始めた。しばらくすると、カイトが小さく声を上げた。
「ルミさん、これ」
見ると、墓石の横に、ユウトの飲みかけのペットボトルが置かれていた。
「ユウト、これ」
「あ、すみません!置いちゃダメでした?」
「うん。お墓の横には置かないようにしてるんだよ。依頼主さんが写真を見るとき、掃除の道具以外のものが写ってると気になるからね」
「なるほど」
ユウトは、ペットボトルを慌てて回収した。
「ごめんなさい。気をつけます」
その言い方は、昨日よりずっと素直だった。カイトが横で小声で言った。
「ユウトくん、怒られたからじゃなくて、理由が分かったから守れるんだよ」
「そうかもっす」
ユウトは照れくさそうに笑った。私はそのやり取りを見ながら、胸の奥がじんわり温かくなった。掃除が終わる頃、空はすっかり晴れていた。
「ルミさん、今日の写真、めっちゃ綺麗に撮れましたよ」
カイトがスマホを見せてくる。
「ほんとだ。いいね」
ユウトも覗き込みながら言った。
「俺も、もっとちゃんとやれるようになりたいっす」
「うん。今日のユウト、すごくよかったよ」
ユウトは照れたように笑った。その笑顔を見て、私はふと思った。ルールって、叱られて守るものじゃない。理由を知って、納得して、自分で選んで守るものなんだ。墓地の静けさの中で、その思いが静かに胸に広がっていった。
雑巾
その日の墓地は、朝から湿った風が吹いていた。昨夜の雨がまだ残っているのか、土の匂いがいつもより濃い。私は車の後ろで道具を並べながら、今日の二人を待っていた。先に来たのはカイトだった。いつものように、少し早めに到着している。
「ルミさん、おはようございます。今日は湿気が多いので、雑巾は多めに持ってきました」
「ありがとう。助かるよ」
カイトは、仕事に必要なことを先回りして考える。理由を理解しているから、判断が早い。そこへ、ユウトが走ってきた。
「おはよーっす!今日もよろしくっす!」
その手には、なぜかコンビニの袋。
「ユウト、それ?」
「あ、飲み物買ってきました!今日は暑いかなと思って」
「ありがとう。でも」
私は袋の中を覗いた。缶コーヒー、エナジードリンク、炭酸ジュース。
「ユウト、これ全部炭酸だよね?」
「はい!元気出るかなって!」
「炭酸は墓地に持ち込まないようにしてるんだよ。万が一こぼれたら、墓石にシミが残るから」
「え?そうなんすか?」
ユウトは本気で驚いた顔をした。
「昨日言った飲み物は水かお茶って、そういう理由だったんだよ」
「なるほど」
ユウトは袋をぎゅっと握りしめた。
「すみません。理由、ちゃんと分かってなかったっす」
「うん。大丈夫。今わかったなら、それでいいよ」
ユウトは照れたように笑った。
三人で掃除を始めてしばらくすると、カイトが声を上げた。
「ユウトくん、それ!」
見ると、ユウトが濡れた雑巾を墓石の上に直置きしていた。
「あ、これダメっすか?」
「うん。水分が石に染み込むと、あとで白い跡が残ることがあるんだよ」
「え、そうなんすか」
ユウトは雑巾を慌てて持ち上げた。
「ごめんなさい。知らなかったっす」
「知らなかったなら仕方ないよ。でも、理由を知ったら、次から気をつけられるでしょ?」
「はい!」
ユウトは、昨日よりも素直に返事をした。その様子を見て、私は胸の奥がじんわり温かくなった。休憩の時間、三人で木陰に座って水を飲んでいると、カイトがぽつりと言った。
「僕、小さい頃、理由を聞くのが好きな子だったらしいです」
「へえ、そうなんだ」
「母がよく言ってました。カイトはなんで?どうして?ってうるさい子だったって」
カイトは少し照れたように笑った。
「でも、母はちゃんと答えてくれたんです。このルールはね、こういう理由があるんだよって」
「いいお母さんだね」
「はい。だから僕、理由が分かれば守れるって思ってるんです」
私は胸の奥がじんわり熱くなった。ああ、この子は叱られて育った子じゃないんだ。理由を教えてもらって育った子。だから、ルールを守ることに迷いがない。一方で、ユウトはというと
「俺、小さい頃、ルール破ったらゲーム禁止って家でした」
「そうなんだ」
「だから、怒られないようにすることばっか考えてました。ルールの意味とか、考えたことなかったっす」
ユウトは、少し寂しそうに笑った。
「でも、今は分かってきた気がします。理由って大事なんすね」
私は静かにうなずいた。掃除が終わる頃、空はすっかり晴れていた。
「ルミさん、今日の写真、めっちゃ綺麗に撮れましたよ」
カイトがスマホを見せてくる。
「ほんとだ。いいね」
ユウトも覗き込みながら言った。
「俺ももっとちゃんとやれるようになりたいっす」
「うん。今日のユウト、すごくよかったよ」
ユウトは照れたように笑った。その笑顔を見て、私はふと思った。ルールって、叱られて守るものじゃない。理由を知って、納得して、自分で選んで守るものなんだ。墓地の静けさの中で、その思いが静かに胸に広がっていった。
風の強い午後
その日の午後は、風が強かった。墓地の木々がざわざわと揺れ、落ち葉がくるくると舞い上がっている。私は車の後ろで道具を並べながら、今日の二人を待っていた。先に来たのはカイトだった。いつも通り、少し早めに到着している。
「ルミさん、今日は風が強いので、掃いた落ち葉が戻ってくるかもしれませんね」
「そうだね。根気がいる日になりそうだよ」
カイトは真面目にうなずいた。そこへ、ユウトが走ってきた。いつもより少し息が弾んでいる。
「おはよーっす!今日はこれ、持ってきました!」
ユウトが差し出したのは、新品の軍手と、折りたたみの帽子。
「昨日、忘れたんで今日はちゃんと準備してきました!」
私は思わず目を見張った。
「ユウト、自分で?」
「はい!理由、分かったんで。墓石に触れる手は綺麗じゃないといけないって」
ユウトは照れくさそうに笑った。この子、変わってきてる。胸の奥がじんわり温かくなった。三人で掃除を始めると、風が強くて落ち葉が戻ってくる。
「うわ、戻ってきた!」
「ちょ、待って、さっき掃いたのに!」
ユウトが慌てて追いかける。その姿がなんだか可笑しくて、私は思わず笑ってしまった。一方で、カイトは落ち着いていた。
「ユウトくん、風が強い日はね、風下から掃くと戻りにくいよ」
「なるほどっす!」
ユウトは素直にほうきを持ち直した。その様子を見て、私はふと、エアロビ時代の光景を思い出した。理由を知った人は、強い。ユウトは、まさにその変化の途中にいた。しばらく掃除を続けていると、カイトが急に立ち止まった。
「あれ?」
「どうしたの?」
私が声をかけると、カイトは少し困った顔をした。
「すみません。僕、ちょっと手が震えてきて」
見ると、カイトの手がわずかに震えていた。風が強くて、体力を消耗しているのかもしれない。
「カイト、休憩しよう。無理しないで」
「でも、僕がやらないと」
「大丈夫。ユウトがいるよ」
ユウトが胸を張った。
「任せてください!俺、今日めっちゃ元気なんで!」
カイトは驚いたようにユウトを見た。
「ユウトくんありがとう」
ユウトは照れくさそうに笑った。
「いや、俺も前に助けてもらったんで。今度は俺の番っす」
その言葉に、私は胸の奥がじんわり熱くなった。人は、環境で変わる。ユウトの変化は、カイトの存在があったからこそだ。休憩を終えて作業に戻ると、風が少し弱まっていた。
「今だ!」
ユウトがほうきを構える。
「ユウトくん、風下からね」
「了解っす!」
二人の息がぴたりと合っている。私はその光景を見ながら、胸の奥がじんわり温かくなった。この子たち、いいチームになってきたな。墓地の静けさの中で、その思いが静かに広がっていった。作業が終わる頃、空はすっかり青くなっていた。
「ルミさん、今日の写真、めっちゃ綺麗に撮れましたよ」
カイトがスマホを見せてくる。
「ほんとだ。風が止んだ瞬間が写ってるね」
ユウトも覗き込みながら言った。
「俺、今日初めて自分から動けた気がします」
「うん。すごくよかったよ」
ユウトは照れたように笑った。その笑顔を見て、私は静かに思った。ルールは、叱られて守るものじゃない。理由を知って、納得して、自分で選んで守るものなんだ。今日の風が、そのことをそっと教えてくれた気がした。
新しいアルバイト
その日の朝、墓地の空気はやわらかかった。風も弱く、鳥の声がいつもより近く聞こえる。私は車の後ろで道具を並べながら、今日の二人を待っていた。先に来たのはカイト。いつも通り、少し早めに到着している。
「ルミさん、おはようございます。今日は天気がいいので、作業しやすそうですね」
「うん。気持ちいい朝だね」
そこへ、ユウトが走ってきた。帽子も軍手も、今日は完璧に揃っている。
「おはよーっす!今日は準備バッチリっす!」
「お、いいね。頼もしいよ」
ユウトは照れくさそうに笑った。そのとき、もう一人の若者が近づいてきた。
「あの今日からアルバイトで来ました、タツキです。よろしくお願いします」
細身で、少し緊張した顔をしている。大学一年生らしい初々しさがあった。
「タツキくん、よろしくね。今日は三人で教えるから、安心してね」
「はい!」
タツキはぎこちなく頭を下げた。三人で墓地に入ると、タツキは周りをきょろきょろ見回していた。
「ここ静かですね」
「うん。最初は緊張するよね」
私は笑った。するとユウトが、タツキの手にある雑巾を見て言った。
「タツキくん、それ。濡れた雑巾は墓石の上に置かない方がいいっすよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。水が染み込むと跡が残ることあるんで。だから、置くなら地面かバケツの縁っす」
タツキは驚いたようにユウトを見た。
「すごい詳しいんですね」
「いや、俺も最初は知らなかったっす。でも、理由聞いたら覚えやすかったんで」
ユウトは照れくさそうに笑った。私はその光景を見ながら、胸の奥がじんわり温かくなった。ユウトが、誰かに理由を伝えてる。それは、ほんの小さなことだけれど、確かな変化だった。休憩の時間、三人で木陰に座って水を飲んでいると、タツキがぽつりと言った。
「僕、小さい頃、ルール破ったらゲーム禁止って家でした」
ユウトが「俺もっす」と笑った。
「タツキくんも?俺もそうだったんすよ」
「だから、怒られないようにすることばっか考えててルールの意味とか、考えたことなかったです」
タツキは少し寂しそうに笑った。すると、カイトが静かに言った。
「僕の家は逆でした。なんでこのルールがあるのかを、母がいつも説明してくれました」
「へえ」
「だから僕、理由が分かれば守れるって思ってるんです」
カイトは少し照れたように笑った。タツキはその言葉を聞いて、ゆっくりとうなずいた。
「なんか、いいですね。そういう家、憧れます」
カイトは少し驚いた顔をした。
「そうですか?」
「はい。僕、怒られるのが怖くて、いつもビクビクしてました」
タツキの声は小さかったが、その言葉には重さがあった。私は胸の奥がじんわり痛くなった。人は、環境で変わる。その言葉が、静かに胸に落ちた。作業に戻ると、タツキがブラシを間違えて使おうとしていた。
「タツキくん、それ硬いブラシっす。この墓石は柔らかい石だから、傷つくかも」
「あ、すみません!」
「大丈夫っす。柔らかい方はこっち。理由は石の種類で使い分けるんすよ」
ユウトは、昨日までの自分とは思えないほど、落ち着いて説明していた。タツキは素直にうなずいた。
「ありがとうございます。ユウトさん、すごいですね」
「いや、俺も最近分かってきただけっす」
ユウトは照れくさそうに笑った。その笑顔を見て、私は胸の奥がじんわり温かくなった。この子、本当に変わったな。作業が終わる頃、空はすっかり青くなっていた。
「ルミさん、今日の写真、めっちゃ綺麗に撮れましたよ」
カイトがスマホを見せてくる。
「ほんとだ。三人でやると、仕上がりが違うね」
タツキが言った。
「僕、今日、すごく楽しかったです。理由を教えてもらえると、やりやすいんですね」
ユウトが笑った。
「そうっすよ。怒られないようにじゃなくて、なんで必要か分かると、動きやすいっす」
私はその言葉を聞きながら、静かに思った。この仕事、始めてよかったな。墓地の静けさの中で、その思いがゆっくりと広がっていった。
メモ
その日の墓地は、朝からやわらかい光に包まれていた。石塔の影が長く伸び、風はほとんど吹いていない。私は車の後ろで道具を並べながら、今日の三人を待っていた。最初に来たのはカイト。いつものように、少し早めに到着している。
「ルミさん、おはようございます。今日は風が弱いので、作業しやすそうですね」
「うん。いい日になりそうだね」
そこへ、ユウトが走ってきた。
「おはよーっす!今日は軍手も帽子も完璧っす!」
「いいね。頼もしいよ」
ユウトは照れくさそうに笑った。最後に、タツキが少し息を切らしながら到着した。
「すみません、遅れました!」
「大丈夫だよ。焦らなくていいからね」
タツキは胸に手を当てて深呼吸した。
「今日ちょっと、持ってきたものがあって」
「ん?」
タツキは、折りたたんだ紙を差し出した。
「昨日、家で墓掃除のルールを自分なりにまとめてみました。理由も一緒に書いてあります」
私は思わず目を見張った。
「タツキくんが?」
「はい。僕、怒られるのが怖くて。でも、理由が分かると、守りやすいって気づいたので」
ユウトが横で「おお」と感心している。
「俺より先にまとめてるじゃんすげえ」
カイトは静かに微笑んだ。
「タツキくん、いいね。理由を自分で考えられるのは、すごいことだよ」
タツキは照れくさそうに笑った。掃除を始めると、三人の動きが、いつもより自然に揃っていた。
「タツキくん、ブラシは柔らかい方ね」
「はい、理由は石が柔らかいからですよね」
「ユウト、雑巾は地面に置いてね」
「了解っす!跡が残るからっすよね」
「カイト、落ち葉は風下からだよね」
「はい。戻ってこないようにです」
私はそのやり取りを聞きながら、胸の奥がじんわり温かくなった。この子たち、理由を理解して動いてる。叱られて守るのではなく、意味を知って選んで守るという動き方。それは、エアロビ時代に何度も見てきた光景だった。掃除が終わる頃、タツキがふと立ち止まった。
「ルミさん。このお墓、花立ての中に小さな石が詰まってます」
「ほんとだ。風で飛んできたのかな」
「これ、取ってもいいですか?」
「もちろん。でも、どうして?」
タツキは少し考えてから言った。
「理由は、ここに眠ってる人が気持ちよく過ごせるようにです」
私は胸の奥がじんわり熱くなった。この子、もうルールじゃなくて意味で動いてる。ユウトが横で言った。
「タツキくん、なんかかっけえな」
カイトは静かにうなずいた。
「タツキくん、いい判断だよ」
タツキは照れくさそうに笑った。片付けをしていると、スマホが鳴った。
「ルミさん、今日の写真見たよ。なんだか前よりも、あったかい感じがした」
東京に住む依頼主の女性だった。
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「またお願いね。来月も頼むわ」
電話を切ると、ユウトが言った。
「ルミさん、今日の掃除なんか、すごく良かったっすね」
「うん。三人が理由を理解して動いてくれたからだよ」
カイトが静かに言った。
「ルミさん、僕この仕事、好きです」
タツキも続けた。
「僕も今日、初めて自分で考えて動けた気がします」
私は胸の奥がじんわり温かくなった。帰り道、墓地の石塔が夕陽に照らされて金色に光っていた。私は三人の背中を見ながら思った。ルールは、叱られて守るものじゃない。理由を知って、納得して、自分で選んで守るものなんだ。タツキのメモが、三人の空気を変えた。そして、この仕事を始めた自分の心も、そっと変えてくれた。
「今日も、いい日だったな」
そうつぶやくと、夕方の風がやさしく頬を撫でた。

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